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2008年 夏休みから取り残された日々【その2】 「2008年オリンピック、観てます。~開会式編~」 [■スポーツ観戦]



2008年8月8日晴れ。


残留組らしく、定時で職場を出て、まっすぐ帰宅し、
開会式を最初から見ました。
途中、妹と電話をしつつ。



さて、開会式、
「有朋自遠方来不亦楽乎」の場面で、驚愕。


先述の句は、
孔子の弟子たちが編んだ『論語』最初の節(学而第一)

子曰
学而時習之不亦説乎
有朋自遠方来不亦楽乎
人不知而不慍不亦君子乎

≪日本語≫
先生は仰った。
他人から学んでは、自分で習って身につける、
この繰り返しには喜びが多いと思うなぁ。
離れた所から同じように学び習う人がやってくると、楽しい!
他人が自分を理解してくれないことに不満なんかないさ。
知性豊かな人って、こういうもんでしょ。



※改行・超主観日本語訳はThomasが施しました。
言ってみりゃデタラメ。ゆめゆめ学術として利用はなさらぬように。


出典はこんな感じです。
中学か高校の教科書で目にすることもある有名な句です。
「君子」=アスリートの例えで、
オリンピックという場は、
個々それぞれの環境や立場でトレーニングした人たちが集まって、
競技を通じて喜びを分かち合うんだよね。って、言いたいのだと思ってます。
更に「君子」=オリンピックを見る人たちも例えているかもしれません。




で、開会式で私が驚いたのは、
瞬時に文化大革命が過ったからです。



文化大革命の際、
政権内で封建主義、資本主義・文化を排除するにとどまらず、
煽られた大衆が
一般の資本家層・知識人までも暴力的に差別・弾圧していたのです。
批判・排除対象に、孔子も入っていました



毛沢東の死後、主導者たちが失脚し、
政権が代わって
文化大革命にも誤りはあったという見解が出されたようですが・・・
実際のところ、この辺を追及するのは
未だにタブーになっているようです。



故に、一時は全否定された
「有朋自遠方来不亦楽乎」を含めた、
中国古代から脈々と積み重ねられている文明・文化を、
現代の人々と技術で再構築し、表現する。
ダイナミックでありながら、
アジア人には非常に身近に感じられる
繊細で染み入る表現を観るにつれ、
非常に複雑な気持ちになっていきました。



しかし、この演出を考え出したのが
張 芸謀(Zhang Yimou)監督だなんて!
この演出との共通点を感じさせる映画を沢山作ってきた方、
まさに文化大革命に巻き込まれ、辛い経験をされた方。
一気に霧が晴れました!
そうかぁぁぁ、そういうことかぁぁぁ・・・(+ワイヤーアクション)



圧倒的な表現力とその動機。
理性的に極力政治色を排除しつつ、
結果的に、色々と含みを想像させる仕上がりにもなっている。
うーん、これは、これは・・・と唸る箇所もちらほら。
飽くまで勝手な憶測なので、これ以上は踏み込みませんが、
「有朋自遠方来不亦楽乎」で、満腹。
のた打ち回りそうです。



中国でのオリンピック開催は時期尚早だったと今でも考えています。
広大な国土と多くの人民、
多くの文化を柔軟に纏め、平安な運営をすることと、
都合よく思い通りに支配すること(不公平で、単に暴力)は違うのだと。
急激に、雑に行うのではなく、
長い時間をかけて多くの人々が生み出してきた
汎用性のある思想哲学を見直して、
地道で人道的な政策に転向するよう望んでます。
オリンピックを転機にしてくれたらいいのですが・・・・・・・・・
うーん・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




・・・って、もーう、堅い話になっちゃったわ。
選手の入場は、手放しで楽しんで見てました。
選手たちと同じ服装の同国要人@客席には微笑ましくて、
なんだかんだで、イタリア・フランスは普通にカッコいいところが凄くて、
アメリカは1000人以上出場するって、全競技に出るつもりなのか!?他、
面白かったですね。
中華台北(中華民国・台湾省)も、イラクも出られて良かった。
しかし・・・プーチン!(以下略)



それはともかく、関わった皆様、長時間お疲れ様でした。




【追記のつっこみ】

日本の開会式中継画面について、
せっかく漢字を理解できるのだから、
漢字表記テロップも出してほしかったですねぇ。

入場順序が漢字表記の画数順なのだから。

あと、中国選手の音読みも、本当は嫌なんです。
他は現地の音で読むのになぁ。
何なんだ、このばらつきは。













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